途中で変えることも必要だよね

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今日は鍼灸学校の受験日!

 

 

受かること前提で受けに行ってるから

緊張も何もなかったんだけど

 

 

よく考えたら、受験って変なシステムだよね

 

 

自分が学びたいと(しかもお金を払って)思ってるのに

提供側が、断るっていう意味不明な制度だと思うんだよね

 

 

学校側は、生徒が増えると受講料が増えるから儲かる

もし、学力の低い生徒が入ってきて困る!っていうんなら

進級させなきゃいい話なんだしさ

 

 

そしたら必然的に向いてない人は

ふるいにかけられるわけでさ

 

 

それに、学力っていうけど

公立大学みたいにさ

理系に進むのに、国語の試験があったり

社会の試験があったり

これって必要なの?っていうのもあるよね

 

 

これからは特化した人間が評価されて行く時代だと思うから

まんべんなく知ってるっていう事に意味を持たないんじゃないかと思う

 

 

化学がめっちゃ得意でズバ抜けてる人を(こういう人が将来ノーベル賞取る可能性がある)

入学試験によって落としてしまう可能性だって十分にあり得る話だと思うんだよね

 

 

学校にとってプラスになる人って

ノーベル賞取ってくれる人だったり

何か社会的に有名になってくれる人だったりするわけで

 

 

そーゆー人は特化してる人だと思うんだ

 

 

この観点から言っても

複数教科を受験させて落とす制度よりも

 

 

誰でもウェルカムにしておいて

大学で教える科目が得意な人を伸ばしていったほうが

学校としてもプラスになるんじゃないかなぁ?

 

 

そして何より

学生側が、学びたい学問を学べるってのもプラスだよね

 

 

行きたい学校っていうより

行きたい学科があると思うんだけど

(考えの古い人は学校重視だけどね)

 

 

ただ、その学校のその学科に行きたいとか

その大学のその先生に教えて欲しいっていう人が少なからずいるはずだから

 

 

そういう人達の可能性を潰すのはとってももったいないなぁと思うわけです

 

 

なんでもそうだけど

学びたい!って自発的な欲求は

何よりも原動力になると思うからね

 

 

ただ、この案を採用するにあたって必要な事があって

簡単に転科、転校ができる世の中じゃないといけない

 

 

あ!この分野、私には合ってないかも?

って思った時点で違う学科に移動できる仕組みがないと

これは成り立たなくて

 

 

そして、それを社会が容認していってる状態じゃないといけないから

また移動したの?うちの子はダメねぇって言われない世の中ってことね

だから、まだまだ先になるかなぁって思うけど

 

 

 

なんでもやってみないとわからないと思うから

まず学んでみて

違うなぁっていうならすぐ次へ!

 

 

そうやって面白い学問を見つけて

それを学んでいけばいいんじゃないかなって思う

 

 

なんか、一回やり始めたらそれを最後までやらなきゃいけないっていう

そんな感覚がどうもあるらしいからさ

 

 

好きでもないことをずっとやるストレス

これはかなり身体を蝕むから

 

 

周りの評価とか気にせず

自分の人生を生きましょう!

 

 

ってことで、今日はこの辺で!

好きなことをずっとやって行きたいよね!

ε=ε=ε=ヾ(э^・ェ・^)эニャホー

 

 

 

 

 

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