価値基準はどこだ?

うちの掃除担当のダイちゃん(Dysonの自動掃除機)が
最近ちゃんと掃除をし終わってお家に帰る事が出来るようになって
子供の成長に立ち会っているような気持ちになっているよっぴーです。

さてさて今日は
価値基準はどこだ?
という話をしようと思います。

前に大衆という話を書いたと思いますが
世の中の人達は
みんなが言っているからという理由で自分も行動してしまう事がよくあります。

もちろん、僕にもあります。
※ただ、僕は天邪鬼だからみんな嫌ってたら好きになる傾向にはある笑

キングコングの西野さんが世間からものすごく叩かれていた時期があったけれど
西野さん自身が、叩いてくる人に向けて

なんで、僕がそんなに嫌いなの?

と、質問した事があるそうです。
(普通そんな質問する?笑)

そうすると。。。

『周りの人がみんな嫌いだから』

という答えが返ってきたそうで
これは、自分ではどうしようもできないヤツだ

となったらしい汗

これはおそらく
学校でのイジメ問題もまったく同じ構図で起こっている事だと思うけれど

この行動は実を言うと
行動心理学で証明されていて
大多数と同じ意見に同調するというのは
生き延びる上で重要な要素であって
危機管理能力という意味では重要だったりします。

そっちの道は危険だ!
と、なった時に逆の道を行ってしまうと死んでしまうので。。。

ただ
危機管理能力としてこの同調効果が有効だったのは
情報の少なかった時代だけで
情報を自分で取れるようになった現代では使えない事が多いような気がするのは僕だけ??

じゃぁどうすればいいんだ?

今までは親が言った事とか
学校の先生が言った事
また、会社で上司が言った事が正解だったわけですが

これからは
自分の中で何がしっくりくるのか?
という感覚を養っていく事が大切なんじゃないかと思います。

僕はこれを教養と呼んでいて

これはやっていいけど
これはやっちゃいけない

っていう判断基準って
教養っていうと思うんですよね。

この教養を親や先生や世間ではなく
各自で磨いていく必要がある時代なんだと思います。

人を殺してはいけないのはなぜか?

この質問に答えられる人が、実はこの世にいません。

もし
これを僕の親しい人が言ってきたら
僕も返答に困ってしまう。

なぜダメなのか?
っていう基準は人それぞれ違うものなので

自分も死んでいいから相手を殺したい
と思っている相手に対して

殺すな!

っていう説得はできない気がする。。。

そういえば
昔、アンナチュラルというドラマで

『殺す奴は殺される覚悟をすべきだ』

というセリフが出てきて
えらく納得してしまった記憶があるなぁ。。。

と、このように
世間ではダメ!
と、言われている事に対しても
自分はどう思うのか?
どう判断するのか?

そしてそれは何故なのか?

という事を考えておく事で
自分なりの基準ができ
何かあった時に周りに流される事なく行動する事ができるようになるはず。

僕もまだまだ駆け出しだし
判断が遅い時もあるし
判断できない時もたくさんある。

ただ
僕の天邪鬼という特性が
大勢の人が進んでいる道に対して
本当にそうなの?
っていう問いをいつもかけてくれるから

考える事を放棄しないで今まで生きてこれたんだと思うんだよね。

何かを始める時
何かを続ける時
人に何かを言う時なんかに

一度、本当にそうなの?
っていう問いを自分に出してみると

大きな気づきがあると思いますよ!

って事で今日はこの辺で
よっぴー